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私の人生を変えた2度とない出会い
キヤノンマーケティングジャパン
2018.10.06 00:00
“どんなとき、写真を撮りたいと思いますか?”この問いに対する答えは十人十色。しかし“心が震えるような景色”に出会い、それが二度とないかもしれないとしたら、誰もがそれをカタチに残したいと願うだろう。自らを“マウンテンコレクター=山岳収集家”と称す鈴木優香さんは、その答えをハンカチというモノに求めている。

二度と出会えないかもしれないから きちんと写真に残していきたい
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「実はそもそも山登りに興味はなかったんですが、私の所属する研究室の教授が元山岳部の方で、山小屋でのゼミが毎年の恒例行事になっていました。そのときの山の肌寒さや月明かり、そして山小屋で大きな机を囲んで語り合う時間が、なんだかとても印象的で、山の雰囲気、こういう世界っていいなと感じるようになりました」
彼女が初めて山に触れたのは学生時代。ものづくりを志して美大で学んでいた時に、山小屋でデザインについて語り合う合宿「山ゼミ」に参加したことがきっかけだった。卒業後はアウトドアメーカーに就職。女性用衣類のデザインや商品企画に携わりながら、本格的に登山を始めることになる。
「忘れられないのは北アルプスの燕岳。当時の私は荷物を軽くしないといけないことすら知らなくて、必要以上の水や着替えを大量にリュックに詰めていって大変な目にあいました。正直なところ、辛すぎてその行程はあまり記憶にありません(笑)。でも山頂から初めて見た朝日と真っ赤に染まる空。あの景色だけは目に焼き付いているんです」
大学時代に父親から古いフィルムカメラを譲り受け、日常風景を撮っていた鈴木さんにとって「二度と出会えないかもしれない景色」を写真に残したいと思うのは自然な流れ。登山回数を重ね、余裕が生まれると、カメラも持っていくようになったという。

迷ったときは撮らないのがルール 自分が見つけた、自分なりの感動を大切に
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稜線と澄んだ空の境界線、荒々しい岩肌の表面、雪に耐えながら春を待つシャクナゲ、霜で凍てついたガラス戸、雪の上に散らばった木の枝、山小屋で食べたアジフライ……。鈴木さんの写真は、いわゆる山岳写真とは一線を画している。山のカタチや山の状態を忠実に切り取るよりもはるかに主観的で情緒的。ただ登るだけでもしんどいところを、琴線の感度を上げて辺りをキョロキョロ。自分が好きだと感じられる被写体に出会ったら、すぐさまシャッターを切る。
「一緒に登る人からも不思議がられますが、私はそもそも華々しい景色よりも地味なものが好きだったりするので……。誰も見ていないだろうなっていうものを探してしまう癖があるのかもしれません。ただ、山となると行ける回数も限られてしまうから、自分が美しいと思うものを見つけたいし、せっかく見つけた美しいものは、そのままの形で持って帰りたいんです」
“こんなのも一応撮っておいたほうがいいかな……と迷ったときには、撮らないこと”も鈴木さんのルール。彼女がシャッターを切るかどうかの基準は、あくまで心が動いたかどうか。山は鈴木さんにとって日常では出会えない景色が広がる感動の宝庫。とりあえず撮っておくかなんて、保険をかけるような撮り方はしないのだ。
「登山は楽しい反面辛い時間も長くて、下山する頃にはボロボロ。でも山を下りて写真を見返すと、吹き飛ばされそうな強い風や雪の冷たさすら写真によって美化されて、また行こうと思うんです」
寒い。冷たい。苦しい。五感の根っこを刺激する環境で、理性よりも感性にしたがって撮られた一枚一枚の写真たちは鈴木さんにとってまさに感動の記憶。清々しさ、たくましさ、かわいらしさ、朗らかさ。なるほど鈴木さんらしい凛とした情感を、それぞれがまとっている。

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一期一会を感動とともにハンカチにして集めていく
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登山を始めて約7年。写真を撮るだけでなく記録として残したいという思いから始めたのが、登山の記録=写真をハンカチへと仕立てていく『マウンテンコレクター』というプロジェクトだ。
「四角い布には、その端が縫われているだけで誰にとってもハンカチとして認識されるシンプルさがあるし、この透き通る感じやカタチも、私が好きな山の情景を最も表現しやすいものだと思いました。それに単純に、あんなにスケールの大きな山とその景色を手の中に収められるっていうのも素敵だなって」
データとして保存してきた写真が、手に取れるモノとなり、非日常な山の光景が誰かの日常に寄り添っていく……。薄手の生地にプリントされた景色は、山の澄んだ空気を閉じ込めたように軽やかで、光に透けて表情が変わる様も、とらえどころのない山の天気を思い起こさせる。
「ハンカチは誰にでも身近で、登山の経験がない人にも手に取ってもらえる。山ってこんなに美しい場所なんだっていう声を聞くと嬉しくなります」
ハンカチは評判を呼び、他の作家とのコラボレーションの誘いもあるそうだが、あくまでも鈴木さんは、“マウンテンコレクター=個人の登山記録”であるというスタンスを変えるつもりはないという。加工もできるだけせずに、そのとき見たままの色と状態を素直に切り取ることに徹している。
「私にとって写真は、山の景色をそのまま切り取って持ち帰るためのもの。ベストな天候を狙って最高の1枚を撮影したいとか、自分の表現をしたいというよりも、山の景色を本当にキレイだと思うから、できるだけそのまま収集したい。記憶では曖昧だし、絵を描くには間に合わないという環境で、私の収集欲をきちんと満たす唯一の手段が写真なんです」
だから山岳写真家ではなく、収集家と名乗るのだ。
「山に登っていると70歳や80歳の方とも出会います。つまり山も写真も、趣味としては一生もの。いずれ海外の山も登ってみたいし、時間が足りません」と鈴木さん。彼女にとって自身が歩いた証を集める旅路は、まだ始まったばかりなのだ。

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「2015.7.19」
彼女のハンカチ、そのパッケージには、その景色を写真に収めた日が示されているが、一枚一枚増えていくハンカチはこれから時間の経過とともに、また違う価値をきっとまとっていくのだろう。アルバムのなかで味わいを増していく、日付入りの紙焼きのように。
(プロフィール)
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鈴木優香(すずきゆか)デザイナー
東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了。株式会社モンベルの商品企画部を経て、デザイナーとして独立。現在は、山で見た景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」を手がける傍ら、アウトドア雑誌やWEBでの執筆も行う。